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Gutti’s Timeline

  • 2歳
    1974年12月4日、東京都に生まれる。本名は「忠仁」。両親と2つ上の兄の4人家族である。

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  • 5歳・8歳
    父親が少年野球のコーチをしていた影響で、幼稚園の頃から野球を始める。やんちゃで負けず嫌いな性格もあって、何でも兄に追い着こうとしていた。1981年に田無(現・西東京)市立柳沢小学校に入学。

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  • 11歳
    小学校入学後は少年軟式野球チーム「ビクトリー」、1987年からは「保谷リトル」に入団する。ポジションは捕手であった。守備の際に使用するレガースを着けるのが好きで、両親に買ってもらい喜んでいた一幕も。

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  • 15歳
    田無市立田無第四中学校(現・西東京市立田無第四中学校)入学後は「保谷シニア」に入団。打順は主に3番で、ショートとサードのポジションを守る。都内の体力テストでは常に3番以内で、運動神経抜群であった。シニアリーグでは全日本選手権大会に出場する。

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  • 高校時代
    高校は国学院久我山高校(東京都)に進学。高校2年時(1991年)に第73回全国選手権大会に出場する。チームは惜しくも一回戦敗退。卒業後は小久保裕紀(現・福岡ソフトバンク)への憧れもあり大学進学を希望する。

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  • 大学時代
    青山学院大学に進学する。1年時からレギュラーを獲得して、全日本大学選手権優勝などチームを牽引する活躍を見せる。個人でも三冠王やシーズン最多本塁打(8本)を記録。そして、大学4年間で東都大学リーグ記録となる24本塁打を放つ。

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  • アトランタ五輪
    大学在籍時の1996年にはアトランタ五輪日本野球代表に選出される。予選リーグを7戦4勝3敗の3位で通過。決勝トーナメントでは準決勝で米国を11-2破り、銀メダルを獲得する。

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  • 福岡ダイエーホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)
    ドラフト1位で福岡ダイエーホークス(現・福岡ソフトバンク)に入団する。1年目のデビュー戦で満塁本塁打を放ったのはプロ野球史上初の快挙。2000年には登録名を「資仁」に変更。2001年には史上3人目の30本塁打・40盗塁を記録する。8年間の在籍で2度の日本一に貢献する。

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  • MLB時代
    2005年からプレーの場をアメリカ・メジャーリーグ(MLB)へと移す。シカゴ・ホワイトソックスに移籍後、2番・セカンドとしてレギュラーに定着。一年目でワールドシリーズ制覇に大きく貢献する。2007年のシーズン途中にはフィラデルフィア・フィリーズに、2008年はサンディエゴ・パドレスに移籍し、シーズン途中に再度フィラデルフィア・フィリーズへ移籍する。プレーオフ出場資格はなかったものの、フィリーズがワールドチャンピオンに輝いたため、2つ目のチャンピオンリングを手にする。

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    MLB